2305 - 5月10日のめがね禅問答

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ボロボロになっためがねとYouTubeモー娘。のI wishをきいておいおい泣いたあと歯磨きをするために洗面台の前に立ったらヘッドホンをつけていたせいでかっこよくなった前髪

めがねを買った。やっとだ。めがねを買うのはなかなかむずかしいので、めがね屋さんへ行くのが億劫だった。1年くらい前から新しいのがほしいと思っていたのだがようやく買った。閉店ギリギリに飛び込んだのでできあがりは明日と言われたけれど、これは勝利と言っていいだろう。

めがねを買うということのハードルをガンガンに上げているのが試着と視力検査と仕上げの調整だと思う。めがねを試着(試着という言葉で合っているのか?)するためには今かけているめがねを外さなければいけないし、そうすると鏡に写るじぶんの顔が見えないので試着しためがねが似合っているのかどうか全くわからない(今はオンラインで画像をアップロードしてバーチャルで試着できるシステムもある、手軽に試せるのはすごくいいけれど、個人的にはポコっとめがねスタンプを顔面に押しただけなのと、実際にかけてみるのとでは雲泥の差があると思う)。顔を鏡に近づければ目の周りの印象はなんとなくわかるが、顔全体の印象は掴めない。いくらおしゃれなめがねを買うぞ!やってやる!と意気込んでいっても、めがね屋さんのあのプレッシャーの中で見えない試着を繰り返すうちに怖気付いて最後は心が折れて保守的になり、だいたい今までかけてきたのと似たようなフレームを選びがちだ。めがね選びはむずかしい。

MV撮影が近いのでそれに合うめがね5000円と、今かけているめがねに似ていて鼻パッドが取り替えられるめがね8000円、計13000円。2本で消費税込み15000円という予算内のめがねたち2本を20分かけて*1やっと選び、レジで待ち構える丸めがねの男の店員さんに選んだめがねを差し出した。

「視力測ります?」

閉店間際だからか店員さんもぐったりお疲れの様子である。わたしは視力検査が死ぬほど苦手なのと、お疲れの店員さんの姿を見て、あきらめて【手持ちのめがねと同じ度数で作ってもらう】という甘い選択をしかけた。だが、わたしの生活の中では映画館で映画の字幕が読みにくくなっていることが結構なストレスなのに、それを解消するチャンスをみすみすと逃してめがねを買い換えるのは野暮だ。馬鹿だ。いくらあなたが疲れていようと、閉店間際だろうと、わたしの視力も測ってもらおうじゃないか。

「お願いします」

「かしこまりました、今はどういうときに見えにくいなって感じます?」

答えは決まっている。字幕だ。なによりも第一に字幕だ。しかしここで「字幕が読みにくい」と言ったら映画館通いのミニシアター系クソ女に見られてしまうだろうか、どうせビレバンに入り浸っているんだろうと思われてしまうだろうか、等々、逡巡する。しかし他に具体的な言葉が出てこなかった。

「…字幕が、見えにくいときがあって」

店員さんは表情も変えずわたしの言葉をメモしながらあっさりと

「遠くのものが見にくいということですね」

と言った。

そうか、そういえばよかったのか。「遠くものが見えにくい」。

そうして視力検査もオーダーしてやったが順番待ちだと言われ、順番待ちレシートを渡された時点で、馬車馬のごとく朝から夜まで労働した疲れもあり、帰ってDTMをしたい、プライムビデオで僕たちがやりましたの続きがみたいと雑念が浮かび、「やっぱり視力検査やめます」という言葉が喉元まで出掛かるものの、スクリーンに写る字幕をスラスラと読む夢を見て、レシートを握りしめたまま店内をぐるぐるぐるぐる、さっき散々眺めていためがねたちをまた眺めて回る。ブルーライトカット、花粉カット、度付きサングラス、オーバル、ボストン、ウェリントンアンダーリム。閉店まであと30分と時間が差し迫った中で、視力検査ブースでは中国人と思わしき女性が片言の日本語でもめている声がする。わたしの順番はくるんだろうか。ドキドキしながらぐるぐるぐるぐるし続けること15分、やっと呼ばれて、よかった!とホッとしたのも束の間、あっという間に第一の機械の前に座らされてめがねを外され、挨拶もそこそこに「瞬きを控えめに機械の中の気球を見てください」と言われた。

「瞬きを控えめに」?

もうパニックである。

控えめに、とはどの程度なのか?そもそも標準の回数は何回なのか?わからない、これならいっそ瞬きするなと言われたほうがいい。わたしはパニックを起こしたまま瞬きをするタイミングがわからず早々に涙を流し始める。

そして第二の機械の前に座らされ、今度は「表示されるひらがなを読んでください」と言われた。ここでもパニックだ。ひらがななんて表示されていない。ただ真っ白な板が遠くで光っているだけなのだ。

数秒考えたふりをして「読めません」と答えると「1文字もですか!?」と非難される。非難はされていないだろうけれど非難されているように感じた。常日頃わたしにはその節がある。読めるなら読んでいる。読めないから読めないと言っているのだ。そのあとはひらがなを大きくされたり、さらに大きくされたり、さらに大きくされたり、今度はちいさくされたり、縦に並べられたりして、ひたすら読み続ける。わたしはこの作業が視力検査の中でいちばん嫌いだ。無意味に並べられたひらがなのアクセントがわからないのが大嫌いだ。「け に り い」とか「た い て と」とか、どこにアクセントをつければいいのかわからない。【読み方】の正解が、【声の出し方】の正解が、わからない。そもそも読んでいてたのしい言葉にしてくれればいいのに。ベネディクトカンバーバッチとか。エズラミラーとか。

そうこうしてやっとひらがな地獄から解放されると、次は濃いほうを言え地獄に突入した。赤と緑が並んだパネルの中にある文字や◎を見せられて、どちらが濃く見えるか言えと言われる。

正直わからなかった。【濃い】というのがどういうことを指しているのかわからなかった。例をみせてほしい。でもそんなことは言えない。適当に濃く見える気がするほうを答えていたら、「文字が濃いほうを選んでますか?」と不審がられる。濃いほうって言ったから赤と緑の色が濃く見えるほうを選んでましたよわたしは。仕切り直して始めからである。最悪だ。なんで視力検査しようなんて思ったんだろう。別にいい、字幕なんて見えなくていい、予想でだいたいわかるし、だいたいそんなに字幕が読みたいなら最前列で首を痛めながら字幕を読んでいればいい。苦痛が限界値に達したときに、やっとロボットのようなおぞましいめがねをかけさせられ「周囲を見渡してみてください」と言われる。

わたしは回るイスに腰かけたままくるくると回り、あちこち見わたす。視界がクリアになりすぎてクラクラする。向かいにある文房具屋さんのポップまで読める。文房具屋さんの店員さんの名札まで読める。世界が急に近づく。

それで?見渡して?どうしろと?店員さんは黙ってわたしを見つめるので、素直に「なんか、ちょっと、気持ち悪いです」と感想を述べる。

店員さんはわたしをまっすぐ見つめ「それは、」と言葉を区切る。

 

「それは、今まで見えていなかったものが、見えるようになったからです」

「字幕を読むためにはこのくらいにしないと読めませんよ」

「めがねはかけていくうちに慣れていきます」 

 

わたしは直感した。

このひとは、わたしのことをミニシアター系クソ女だと思っている。事実ミニシアター系クソ女なのだが今すぐこの場を立ち去りたい気分になった。

ほんとうは度数を下げてもらいたかったのだがそうとは言える雰囲気ではなく、当初は2本とも度数を上げてもらうつもりだったのだが8000円のほうを強め(見えすぎて気持ち悪い)、5000円のほうを今のめがねと同じ度数で作ってもらうことで落ち着いた。

これでやっと終わった。解放されたのだ。

お会計の段になり、視力検査で疲れ果て茫然自失としている間、店員さんがなにかを確認していた。待つこと数分、5000円のめがねを手にわたしの前へ来た。

「こちらのフレームは度付きレンズを入れるにはプラス2000円かかりますがよろしいでしょうか?」

 

おいおい。

おいおい。それ先に言ってよ。

 

プラス2000円は予算オーバーである。

しかしもう一度めがねを選び直す元気はなかった。少しもなかった。なんなら2000円くらい出して早く家に帰ってDTMをしたい、僕たちがやりましたの続きをみたい。わたしは視力検査でボコボコにやられていた。

 

「大丈夫です、買います」

 

そう言ってカードを出した。

レシートとめがねの引換券をもらいお店を出る。

もうこの先10年はめがねを買いたくない。

そんなきもちでいっぱいだった。

しかしわたしにはラスボスのめがね受取時の仕上げの調整が待ち受けている。試着と視力検査だけでこんなに書いてしまった。受取に行ったら粉々になって死んでしまうかもしれない。

 

*1:正確に申し上げて差し支えなければ、この店舗に来る前に別の店舗へ行っていてそこで買おうとしたがめちゃめちゃに混んでいてあきらめて2軒目に入ったこの店舗で購入を決意したため実際に選択を完了するまで1時間くらいかかっている