0001 - 全てあいせるようになる

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豆乳が苦手だったのだが調製豆乳を飲めるようになった。むしろ豆乳のことをすきになれた。自ら進んで飲みたいとすら思えるようになった。すごい進化だ。味覚はどんどん変化してゆく。ちいさいころ苦手だったけれど大人になって食べられたり飲めたりするものが増えた。なすとか。あさりの酒蒸しとか。喜ばしいことだ。当然無調整豆乳も飲める側の人間になれただろう。そう思っておいしい無調整豆乳を買って帰った。信頼のキッコーマン。家について早速おいしい無調整豆乳を飲む。

なんだこれは。大豆の味しかしない。

豆乳が苦手だと思ったときの記憶が一気に蘇る。

ショックだった。わたしが克服したのは【調整】の部分で【豆乳】の部分ではなかった。豆の形のままの大豆はまあまあすきだけれど、液体になった大豆は耐え難いものがあった。匂いに味がついてこないのか、味に匂いがついてこないのか、わたしの想像に味と匂いがついてこないのか、いずれにしてもこの強烈な豆臭さに顔をしかめる。

そういえばわたしはパクチーでも同じことをやった。じぶんをパクチー大好きオシャレ人間だと思い込みタイまで行った。いざタイに着き、なんかもう忘れちゃったけどエビとかが入ったチャーハンみたいなものを食べたら、この、鼻を突き刺すような、不愉快な水草の味はなんだろうと思った。まさかパクチーだとは思わなかった。なぜなら自分は大のパクチー好きだから。2日目の夜にトムヤムクンを食べてやっとわたしを不快なきもちにさせる草の正体がパクチーだと認識した。かなしかった。残り2日は何かを注文するたびに「ノーパクチーノースパイシー」と付け加えるようになった。以来パクチー大好きオシャレ人間ではなくパクチー許さない人間に成り下がった。

さて、おいしい無調整豆乳である。貧乏性なのでそのまま捨てることもできず、ストローから漏れる大豆の匂いにぐっと息を止めてはちびちびと飲んだ。1時間くらいかけて9割飲んだあたりで残りの1割はごめんねごめんねと謝りながらシンクに流した。自分を過大評価せずちいさい200ミリのパックを買ったことだけは認めてあげたい。