0051 - 東京①

 

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東京には9年間いた。

大学へ通うために4年間、大学を卒業してからバンドをやるために3年か4年。バンドはもう無理だろうなと思い始めてから2年くらい。

わたしはバンドがやりたかった。でもわたしが思うようにはできなかった。バンドも、バンド以外のすべてのユニットやグループやコミュニティも、どれだけ熱いきもち(世界を変えてやる!だれかを救ってやる!音楽チャートをひっくり返してやる!等)を持ち、集まって、活動を始めても、所詮は他人同士の集まりなので、それぞれ考えもあるし生活もある。そういった個々の背景すべてを引き受ける財力と気力があれば話は別だが、往々にしてそれぞれの事情はそれぞれが抱えるしかないものだ。

わたしたちは数年前に「未来の話」という曲を作った。

わたしはこの曲ができたときにこのバンドならやれるかもしれないと思った。

でもそこまでだった。

なんでも続けるのは難しいけれど、バンドを続けるのもとても難しい。よく音楽性や方向性の違いでバンドは解散してしまう。なんどもなんどもその場面をみてきた。他人のバンドに対しては「またか」と思うこともたくさんあった。でも今ならわかる。仕方がないことなのだ。

バンドが思うように続けられなくなったとき、わたしは、なぜ定職に就かずフリーターでいるのか?みんなに休みを合わせられるように過ごしているのか?東京で高い家賃を払って消耗しているのか?なにもわからなくなった。バンドのためだと思ってごまかしてしてきた選択が、心に、現実に、重くのしかかった。

人混みの山、車の山、汚い空気、乾燥する冬、満員電車、満員電車にごついベビーカーを押して乗ってくる親、そこで泣き喚くちいさな子ども、雨が降るとさらに地獄になる電車、人身事故、それに舌打ちをするサラリーマン、群れる学生、酔っ払い、狭い家、狭い道、狭い店、狭い空。

ただ漫然と東京にいるだけではなににもなれないし、なにも手に入れられないことにうすうす気づいていた。

そして紆余曲折あり、ことしの夏が、令和元年はじめての夏が、やってくる前に札幌へ帰ることにした。理由はたくさんあるけれど、帰ることにした。そのことをバイト先の仲良くしてくれた主婦さんたち数人に伝えると、そのうちの何人かに「もったいない」と言われた。

もったいない。

もったいない、って、どういうことだろう。東京を捨てること?地方へ逃げ帰ること?わたしは東京を捨てるつもりもないし地方へ逃げ帰るつもりもない。そういう意味で「もったいない」と言われたのであれば、おいおい、めちゃくちゃ心外だなと思った。

わたしは札幌へ帰る選択をしただけだ。東京か札幌しか選べないわけでもないし、いつかまた東京に来る日がくるかもしれない。そして、たまたま、わたしはラッキーで、東京に家族の家があるので、気が向いたらいつでも東京に来られる。10代のころは10代で死ぬと思っていたしそうでなければ20代で死ぬと思っていたのにどうやらそう簡単には死なないことがわかって、人生を長い目で見なければいけないことに気づき、全てが二者択一のように思っていたけれどそうでもないことにも気づき、あっさりと「そうか、今は札幌に帰る時機なんだな」と思った。

しかし、当然心外だなんだとは言えず、ヘラヘラと「そうですよね~」と返した。

東京。わたしをなにかにしてくれるかもしれないと思えたこともあった。この街にはなんでもあるところがすきだったし、なんにもないところが嫌いだった。

この先どこへ行っても、わたしはわたしのままで、死ぬまで生きていくしかない。わたしがなれるものは限られているかもしれないけれど、宇宙飛行士や大統領にはなれないだろうけれど、わたしはまだまだなににだってなれるのだ。