2300 - 解放戦線

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退職に必要な書類を書いた。人事部の人も目を通すらしい書類を書いた。退職理由を書く欄があり、「【一身上の都合】とはせずできるだけ具体的に理由を書いてください」と注意書きが載っていた。理由はたくさんあるのだが、わたしに対して問題のある発言や対応ばかり繰り返したくだらない上司たちに一矢報いたい、ギャフン(ギャフン?)と言わせてやりたいきもちも少しあり、彼らの実名も添えて実際にどういった発言をされたかも含め「パワハラを受けたため」と書いて持っていったら、今の課長に「うーん、随分率直に書きましたね」と苦笑いされた。今思えば読む必要のなかった空気を読んでしまい「やっぱりこれで提出するのはマズイですか?」と聞いてしまった。そうしたら当たり前だが課長は「そうだねえ…」と顔をしかめて「ほら、ご実家に帰るっていうことも言っていたじゃない」「だから家族の体調不良により看病するため、とか、帰省するため、とか、そっちの理由で書き直して」と言った。「そういうパワハラまがいなことを言われたということはお話聞いてちゃんとわかっていますから」と。今の課長には特に何もされていないし、ここで当事者抜きで揉めるのも嫌だったので、ヘラヘラと「わかりました〜」と言って「実家へ帰るため」と書き直した。くだらない柵まみれ。

だれに何を言われても、何をされても、正しいと思うその感覚を、おかしいと思うその感覚を、持ち続けることの難しさについて考えている。

2305 - 5月10日のめがね禅問答

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ボロボロになっためがねとYouTubeモー娘。のI wishをきいておいおい泣いたあと歯磨きをするために洗面台の前に立ったらヘッドホンをつけていたせいでかっこよくなった前髪

めがねを買った。やっとだ。めがねを買うのはなかなかむずかしいので、めがね屋さんへ行くのが億劫だった。1年くらい前から新しいのがほしいと思っていたのだがようやく買った。閉店ギリギリに飛び込んだのでできあがりは明日と言われたけれど、これは勝利と言っていいだろう。

めがねを買うということのハードルをガンガンに上げているのが試着と視力検査と仕上げの調整だと思う。めがねを試着(試着という言葉で合っているのか?)するためには今かけているめがねを外さなければいけないし、そうすると鏡に写るじぶんの顔が見えないので試着しためがねが似合っているのかどうか全くわからない(今はオンラインで画像をアップロードしてバーチャルで試着できるシステムもある、手軽に試せるのはすごくいいけれど、個人的にはポコっとめがねスタンプを顔面に押しただけなのと、実際にかけてみるのとでは雲泥の差があると思う)。顔を鏡に近づければ目の周りの印象はなんとなくわかるが、顔全体の印象は掴めない。いくらおしゃれなめがねを買うぞ!やってやる!と意気込んでいっても、めがね屋さんのあのプレッシャーの中で見えない試着を繰り返すうちに怖気付いて最後は心が折れて保守的になり、だいたい今までかけてきたのと似たようなフレームを選びがちだ。めがね選びはむずかしい。

MV撮影が近いのでそれに合うめがね5000円と、今かけているめがねに似ていて鼻パッドが取り替えられるめがね8000円、計13000円。2本で消費税込み15000円という予算内のめがねたち2本を20分かけて*1やっと選び、レジで待ち構える丸めがねの男の店員さんに選んだめがねを差し出した。

「視力測ります?」

閉店間際だからか店員さんもぐったりお疲れの様子である。わたしは視力検査が死ぬほど苦手なのと、お疲れの店員さんの姿を見て、あきらめて【手持ちのめがねと同じ度数で作ってもらう】という甘い選択をしかけた。だが、わたしの生活の中では映画館で映画の字幕が読みにくくなっていることが結構なストレスなのに、それを解消するチャンスをみすみすと逃してめがねを買い換えるのは野暮だ。馬鹿だ。いくらあなたが疲れていようと、閉店間際だろうと、わたしの視力も測ってもらおうじゃないか。

「お願いします」

「かしこまりました、今はどういうときに見えにくいなって感じます?」

答えは決まっている。字幕だ。なによりも第一に字幕だ。しかしここで「字幕が読みにくい」と言ったら映画館通いのミニシアター系クソ女に見られてしまうだろうか、どうせビレバンに入り浸っているんだろうと思われてしまうだろうか、等々、逡巡する。しかし他に具体的な言葉が出てこなかった。

「…字幕が、見えにくいときがあって」

店員さんは表情も変えずわたしの言葉をメモしながらあっさりと

「遠くのものが見にくいということですね」

と言った。

そうか、そういえばよかったのか。「遠くものが見えにくい」。

そうして視力検査もオーダーしてやったが順番待ちだと言われ、順番待ちレシートを渡された時点で、馬車馬のごとく朝から夜まで労働した疲れもあり、帰ってDTMをしたい、プライムビデオで僕たちがやりましたの続きがみたいと雑念が浮かび、「やっぱり視力検査やめます」という言葉が喉元まで出掛かるものの、スクリーンに写る字幕をスラスラと読む夢を見て、レシートを握りしめたまま店内をぐるぐるぐるぐる、さっき散々眺めていためがねたちをまた眺めて回る。ブルーライトカット、花粉カット、度付きサングラス、オーバル、ボストン、ウェリントンアンダーリム。閉店まであと30分と時間が差し迫った中で、視力検査ブースでは中国人と思わしき女性が片言の日本語でもめている声がする。わたしの順番はくるんだろうか。ドキドキしながらぐるぐるぐるぐるし続けること15分、やっと呼ばれて、よかった!とホッとしたのも束の間、あっという間に第一の機械の前に座らされてめがねを外され、挨拶もそこそこに「瞬きを控えめに機械の中の気球を見てください」と言われた。

「瞬きを控えめに」?

もうパニックである。

控えめに、とはどの程度なのか?そもそも標準の回数は何回なのか?わからない、これならいっそ瞬きするなと言われたほうがいい。わたしはパニックを起こしたまま瞬きをするタイミングがわからず早々に涙を流し始める。

そして第二の機械の前に座らされ、今度は「表示されるひらがなを読んでください」と言われた。ここでもパニックだ。ひらがななんて表示されていない。ただ真っ白な板が遠くで光っているだけなのだ。

数秒考えたふりをして「読めません」と答えると「1文字もですか!?」と非難される。非難はされていないだろうけれど非難されているように感じた。常日頃わたしにはその節がある。読めるなら読んでいる。読めないから読めないと言っているのだ。そのあとはひらがなを大きくされたり、さらに大きくされたり、さらに大きくされたり、今度はちいさくされたり、縦に並べられたりして、ひたすら読み続ける。わたしはこの作業が視力検査の中でいちばん嫌いだ。無意味に並べられたひらがなのアクセントがわからないのが大嫌いだ。「け に り い」とか「た い て と」とか、どこにアクセントをつければいいのかわからない。【読み方】の正解が、【声の出し方】の正解が、わからない。そもそも読んでいてたのしい言葉にしてくれればいいのに。ベネディクトカンバーバッチとか。エズラミラーとか。

そうこうしてやっとひらがな地獄から解放されると、次は濃いほうを言え地獄に突入した。赤と緑が並んだパネルの中にある文字や◎を見せられて、どちらが濃く見えるか言えと言われる。

正直わからなかった。【濃い】というのがどういうことを指しているのかわからなかった。例をみせてほしい。でもそんなことは言えない。適当に濃く見える気がするほうを答えていたら、「文字が濃いほうを選んでますか?」と不審がられる。濃いほうって言ったから赤と緑の色が濃く見えるほうを選んでましたよわたしは。仕切り直して始めからである。最悪だ。なんで視力検査しようなんて思ったんだろう。別にいい、字幕なんて見えなくていい、予想でだいたいわかるし、だいたいそんなに字幕が読みたいなら最前列で首を痛めながら字幕を読んでいればいい。苦痛が限界値に達したときに、やっとロボットのようなおぞましいめがねをかけさせられ「周囲を見渡してみてください」と言われる。

わたしは回るイスに腰かけたままくるくると回り、あちこち見わたす。視界がクリアになりすぎてクラクラする。向かいにある文房具屋さんのポップまで読める。文房具屋さんの店員さんの名札まで読める。世界が急に近づく。

それで?見渡して?どうしろと?店員さんは黙ってわたしを見つめるので、素直に「なんか、ちょっと、気持ち悪いです」と感想を述べる。

店員さんはわたしをまっすぐ見つめ「それは、」と言葉を区切る。

 

「それは、今まで見えていなかったものが、見えるようになったからです」

「字幕を読むためにはこのくらいにしないと読めませんよ」

「めがねはかけていくうちに慣れていきます」 

 

わたしは直感した。

このひとは、わたしのことをミニシアター系クソ女だと思っている。事実ミニシアター系クソ女なのだが今すぐこの場を立ち去りたい気分になった。

ほんとうは度数を下げてもらいたかったのだがそうとは言える雰囲気ではなく、当初は2本とも度数を上げてもらうつもりだったのだが8000円のほうを強め(見えすぎて気持ち悪い)、5000円のほうを今のめがねと同じ度数で作ってもらうことで落ち着いた。

これでやっと終わった。解放されたのだ。

お会計の段になり、視力検査で疲れ果て茫然自失としている間、店員さんがなにかを確認していた。待つこと数分、5000円のめがねを手にわたしの前へ来た。

「こちらのフレームは度付きレンズを入れるにはプラス2000円かかりますがよろしいでしょうか?」

 

おいおい。

おいおい。それ先に言ってよ。

 

プラス2000円は予算オーバーである。

しかしもう一度めがねを選び直す元気はなかった。少しもなかった。なんなら2000円くらい出して早く家に帰ってDTMをしたい、僕たちがやりましたの続きをみたい。わたしは視力検査でボコボコにやられていた。

 

「大丈夫です、買います」

 

そう言ってカードを出した。

レシートとめがねの引換券をもらいお店を出る。

もうこの先10年はめがねを買いたくない。

そんなきもちでいっぱいだった。

しかしわたしにはラスボスのめがね受取時の仕上げの調整が待ち受けている。試着と視力検査だけでこんなに書いてしまった。受取に行ったら粉々になって死んでしまうかもしれない。

 

*1:正確に申し上げて差し支えなければ、この店舗に来る前に別の店舗へ行っていてそこで買おうとしたがめちゃめちゃに混んでいてあきらめて2軒目に入ったこの店舗で購入を決意したため実際に選択を完了するまで1時間くらいかかっている

0001 - 全てあいせるようになる

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豆乳が苦手だったのだが調製豆乳を飲めるようになった。むしろ豆乳のことをすきになれた。自ら進んで飲みたいとすら思えるようになった。すごい進化だ。味覚はどんどん変化してゆく。ちいさいころ苦手だったけれど大人になって食べられたり飲めたりするものが増えた。なすとか。あさりの酒蒸しとか。喜ばしいことだ。当然無調整豆乳も飲める側の人間になれただろう。そう思っておいしい無調整豆乳を買って帰った。信頼のキッコーマン。家について早速おいしい無調整豆乳を飲む。

なんだこれは。大豆の味しかしない。

豆乳が苦手だと思ったときの記憶が一気に蘇る。

ショックだった。わたしが克服したのは【調整】の部分で【豆乳】の部分ではなかった。豆の形のままの大豆はまあまあすきだけれど、液体になった大豆は耐え難いものがあった。匂いに味がついてこないのか、味に匂いがついてこないのか、わたしの想像に味と匂いがついてこないのか、いずれにしてもこの強烈な豆臭さに顔をしかめる。

そういえばわたしはパクチーでも同じことをやった。じぶんをパクチー大好きオシャレ人間だと思い込みタイまで行った。いざタイに着き、なんかもう忘れちゃったけどエビとかが入ったチャーハンみたいなものを食べたら、この、鼻を突き刺すような、不愉快な水草の味はなんだろうと思った。まさかパクチーだとは思わなかった。なぜなら自分は大のパクチー好きだから。2日目の夜にトムヤムクンを食べてやっとわたしを不快なきもちにさせる草の正体がパクチーだと認識した。かなしかった。残り2日は何かを注文するたびに「ノーパクチーノースパイシー」と付け加えるようになった。以来パクチー大好きオシャレ人間ではなくパクチー許さない人間に成り下がった。

さて、おいしい無調整豆乳である。貧乏性なのでそのまま捨てることもできず、ストローから漏れる大豆の匂いにぐっと息を止めてはちびちびと飲んだ。1時間くらいかけて9割飲んだあたりで残りの1割はごめんねごめんねと謝りながらシンクに流した。自分を過大評価せずちいさい200ミリのパックを買ったことだけは認めてあげたい。

0051 - 東京①

 

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東京には9年間いた。

大学へ通うために4年間、大学を卒業してからバンドをやるために3年か4年。バンドはもう無理だろうなと思い始めてから2年くらい。

わたしはバンドがやりたかった。でもわたしが思うようにはできなかった。バンドも、バンド以外のすべてのユニットやグループやコミュニティも、どれだけ熱いきもち(世界を変えてやる!だれかを救ってやる!音楽チャートをひっくり返してやる!等)を持ち、集まって、活動を始めても、所詮は他人同士の集まりなので、それぞれ考えもあるし生活もある。そういった個々の背景すべてを引き受ける財力と気力があれば話は別だが、往々にしてそれぞれの事情はそれぞれが抱えるしかないものだ。

わたしたちは数年前に「未来の話」という曲を作った。

わたしはこの曲ができたときにこのバンドならやれるかもしれないと思った。

でもそこまでだった。

なんでも続けるのは難しいけれど、バンドを続けるのもとても難しい。よく音楽性や方向性の違いでバンドは解散してしまう。なんどもなんどもその場面をみてきた。他人のバンドに対しては「またか」と思うこともたくさんあった。でも今ならわかる。仕方がないことなのだ。

バンドが思うように続けられなくなったとき、わたしは、なぜ定職に就かずフリーターでいるのか?みんなに休みを合わせられるように過ごしているのか?東京で高い家賃を払って消耗しているのか?なにもわからなくなった。バンドのためだと思ってごまかしてしてきた選択が、心に、現実に、重くのしかかった。

人混みの山、車の山、汚い空気、乾燥する冬、満員電車、満員電車にごついベビーカーを押して乗ってくる親、そこで泣き喚くちいさな子ども、雨が降るとさらに地獄になる電車、人身事故、それに舌打ちをするサラリーマン、群れる学生、酔っ払い、狭い家、狭い道、狭い店、狭い空。

ただ漫然と東京にいるだけではなににもなれないし、なにも手に入れられないことにうすうす気づいていた。

そして紆余曲折あり、ことしの夏が、令和元年はじめての夏が、やってくる前に札幌へ帰ることにした。理由はたくさんあるけれど、帰ることにした。そのことをバイト先の仲良くしてくれた主婦さんたち数人に伝えると、そのうちの何人かに「もったいない」と言われた。

もったいない。

もったいない、って、どういうことだろう。東京を捨てること?地方へ逃げ帰ること?わたしは東京を捨てるつもりもないし地方へ逃げ帰るつもりもない。そういう意味で「もったいない」と言われたのであれば、おいおい、めちゃくちゃ心外だなと思った。

わたしは札幌へ帰る選択をしただけだ。東京か札幌しか選べないわけでもないし、いつかまた東京に来る日がくるかもしれない。そして、たまたま、わたしはラッキーで、東京に家族の家があるので、気が向いたらいつでも東京に来られる。10代のころは10代で死ぬと思っていたしそうでなければ20代で死ぬと思っていたのにどうやらそう簡単には死なないことがわかって、人生を長い目で見なければいけないことに気づき、全てが二者択一のように思っていたけれどそうでもないことにも気づき、あっさりと「そうか、今は札幌に帰る時機なんだな」と思った。

しかし、当然心外だなんだとは言えず、ヘラヘラと「そうですよね~」と返した。

東京。わたしをなにかにしてくれるかもしれないと思えたこともあった。この街にはなんでもあるところがすきだったし、なんにもないところが嫌いだった。

この先どこへ行っても、わたしはわたしのままで、死ぬまで生きていくしかない。わたしがなれるものは限られているかもしれないけれど、宇宙飛行士や大統領にはなれないだろうけれど、わたしはまだまだなににだってなれるのだ。

2321 - 完全に車が止まった状態で

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先月札幌に帰ったときにこなすはずだった予定がひとつもこなせないまま一旦東京へ戻る羽目になり、その予定を全てクリアにするために2泊3日弾丸で札幌に帰った。毎日やらなければいけないことがあってそこそこバタバタしていたけれどタフに全行程をこなせてえらかったし、その中でもご機嫌で過ごせてえらかったし、この3連休を取るために前後は働きづめなのもえらい。明日からまたひたすら労働・労働・労働である。

いろいろなことを選ぶのがすきだ。選ばなかったことについて考えるのもすきだ。この3日間でいろいろなことを選んだ。選ばなかったことについても考えた。すごく気分が良い。昨日は夜中にパーフェクトワールドをみた。バディの映画もすきだし車に乗る映画もすきだしイーストウッドもすきだし最高だった。

4月残りも5月も6月もまだまだいろいろなことを選べる。令和よかかってこい。負けるなわたし

0100 - あたらしい景色がみたい

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やっと休みだ〜!と思って張り切って曲を作っていたのだが、明日は休みだけれどそこそこ早起きしなければいけないことをこの時間になって思い出すという失態。鼻がムズムズしていて、昨日なんかはずっとくしゃみとか鼻水が止まらなくて、仕事中ずっと鼻を噛んでいたら職場のひとに「花粉症ですか」と聞かれて「いや花粉症じゃないんですけどね〜鼻取って洗いたいですね〜」と言ったら「それって黄砂アレルギーじゃないですか」と言われた。え、こわい。黄砂。黄砂やばい。地球やばい。風に乗って中国の砂が日本まで届いてわたしの鼻を攻撃するって。やばい。スケールがすごい。

明日はパスポートも持ってきてねと言われて久しぶりにパスポートを開いた。2年前に仲良くなった女の子とタイに行くために取ったパスポート。タイがめちゃめちゃたのしくて、その子と「またお金溜めて来年はトルコで気球乗ろうね!」とか「エジプトでラクダ乗ろうね!」とか言っていたけれど、その子はタイに行った次の年の夏、実家へ帰ってしまって、あんまり連絡を取らなくなってしまった。元気かな。2年前は5年以内に結婚するっしょ、きっと名前も変わるっしょと思ったから5年用のパスポートを取ったけど、2年経った今も綾野剛以外にすきな男ができないし、マシューヒーリーかっこいいとか、ティモシーシャラメかっこいいとかそういう次元をぐるぐるぐるぐる漂っている。あと3年以内に結婚できる気がしない。そもそも吉岡という名字が気に入っているので天変地異が起きて結婚をすることになったとしても名前を変えたくない。

昔は春が苦手だったけど、今年は春が来るのが待ち遠しかった。でも平成が終わるのもお札が変わるのもとてもこわい、こわいと思ったことを忘れたくない、いつかこのブログを消すときもくるのかな

2334 - なぜこんなことをブログに書いているのか

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ホットヨガの会員証を失くしたと思って家探しした様子。この後10分くらい探しても見つからずあきらめようと思ってジーパンを履いたらポケットの中に会員証があった。

3月12日賞味期限の卵がずっと冷蔵庫に残っていた。3つ。生卵で食べていいのが12日までだけど火を通せば1週間くらい平気でしょ。そうしてずっと冷蔵庫に残っていた。卵が残っているのはわかっていたのだが、茹でるくらいいつでもできる。そう思ってずっとそのままになっていた。

きょうは久しぶりにホットヨガに行って上半身に“ねじり”を加えまくった。わたしの前にいたひとが体調を崩したらしく途中退室されたのだが、レッスンが終わって最後に先生が「今日は“ねじり”“ひねり”のポーズをたくさんしました、途中退室された方もおトイレが近くなってしまったみたいなのでみなさんも水分しっかりとってくださいね」とご挨拶されて、おいおい、たとえおトイレが近くなってしまっていたんだとしてもみんなの前でそんなこと言ってくれるなよと思った。

ヨガから帰ってきて、しめじとえのきをオリーブオイルと塩胡椒で炒めた。何日か前に買ってきた新じゃがをポテトサラダと肉じゃがにした。ツナ缶が一つと塩昆布が少し残っていたので炊き込みごはんにした。そして、賞味期限切れの卵を3つ固茹でで茹で卵にした。

17時半過ぎくらいに全ての工程を終えて、少し早いけど夕ごはんにしちゃおうと思って、一口だけ残っていたキャロットラペときのこソテーとポテサラと蒸し鶏と例のゆで卵を食べた。茹で卵は味や匂いがおかしかったら仕方ない捨てようと思っていたけれど普通だった。普通だと思った。デザートにりんごを剥き始めたあたりからおなかの調子がおかしくなった。

ヨガのせいだと思った。

あれだけ“ひねり”まくったし、先生もおトイレが近くなると言っていた。それに卵のせいならあまりにも早すぎる。どれだけ猛スピードで消化されているんだ。

ヨガのせいだ。

そしてあれから6時間、わたしはまたおなかがおかしい。今度は卵のせいかもしれない。